岡本信広著『中国の地域経済 ―空間構造と相互依存』

No.0707 2014年1月15日

 ロシアの地域経済を研究する上でも、他国についての研究事例を参照したいと思い立ち、本書『中国の地域経済』を手に取った。

 我が国におけるロシア地域経済研究は、層が厚いとは言えないし、方法論の点でもまだ洗練されていないと思う。むろん、極東を中心にロシア地域経済論には一定の蓄積はあるし、小誌でも平素から関連情報の発信に努めてはいるが、断片的な考察に留まりがちであり、どれだけ客観性と説得力を獲得できているかというと、心許ない。

 その点、本書『中国の地域経済』において著者は、第1部「分析視角」において、前提となる精緻なモデルを提示し、それにもとづいて中国経済の空間構造の分析を試みている。正直に言えば、私自身は浅学ゆえに、本書で用いられている計量的な分析枠組みについて吟味する能力がないが、それでも非常に体系的で、隙のない分析作業であるということは伝わってきた。本邦におけるロシア地域経済研究で、ここまでのレベルに到達しているものは、存在しないはずである。

 分析の結果、著者は、中国の中核地域(主に沿海地域)と周辺地域(主に内陸地域)の関係においては、浸透効果が分極効果を上回っており、経済発展の恩恵は集中から拡散へとゆっくり進んでいると結論付けている。また、中国とアジアの経済統合化も、中国の沿海地域への産業集積をもたらす一方で、その恩恵は内陸部に波及していくとしている。

 私は、「ロシアを、この本で用いられているモデルに当てはめて、分析の俎上に載せることは、可能だろうか?」といったことを思案しつつ、本書を紐解いた。現実には、相当困難なのではないか。根本的な問題として、一般に公開されている統計では、分析に必要なデータが揃わないのではないかと思われる(むろん、本書の著者にしても、大変な苦労や試行錯誤を重ねて、中国経済のデータを揃えているのであろうが)。ロシア国内の研究協力者も巻き込み、相当強力なチームでも組まないと、覚束ないだろう。

 経済発展という観点から見ると、ロシアには中国に負けず劣らず、明確な地域的コントラストがある。その構図があまりにも明白であるため、我々はともすると、そうした周知の構図をステレオタイプ的になぞるだけで終わってしまいがちである。もしも自分がロシア地域経済の定量的な分析を手掛けることがあったとしても、既知の図式を説明するのに都合の良いデータを恣意的に選んで、当たり前のことを再確認するような作業になってしまいかねないと感じる。本書『中国の地域経済』のような客観的で有用な分析結果を引き出すためには、データの収集と選択、モデルの構築に、大いに工夫と努力が求められるだろう。私自身は、やはり政策論などの数値化できない要因に注力していきたいとは思うが、同時に本書で示されているような定量分析の可能性も視野に入れつつ、ロシア地域経済・空間構造の研究を深めていきたいと思う。

日本評論社 2012年 ISBN978-4-535-55690-4  A5判・264頁  定価:本体4,500円+税
(『ロシアNIS調査月報』2014年2月号より転載)

ロシア・NIS諸国の貿易地域構造

No.0706 2014年1月15日

 このほど、「ロシア・NIS経済空間の行方 ―ユーラシア新秩序を占う―」と題するレポートを発表した。年末からずっと懸案になっていたものであり、それが片付いて一安心しているところである。

 それで、レポート「ロシア・NIS経済空間の行方」用に、同諸国の輸出入の相手地域構造を図示したグラフを作成したのだけど、紙幅の都合でカットせざるをえなかった。そこで、廃物利用ということで、ここに掲載しておく。

 NIS諸国の多くは、ロシアを中心とするCIS圏と、EUの狭間で揺れている。そこで、2011年の各国の輸出および輸入の相手地域を、EU、CIS、その他の3つに分けて示したのが、上掲の図である。CISでは、ロシアの経済規模が突出して大きく、NIS各国のCIS域内貿易は、その大半がロシアとの取引である。ロシア自身はCIS域内貿易への依存度はごく小さく、実はEUとの取引シェアの方がはるかに大きい。

 西NIS諸国(ウクライナ、ベラルーシ、モルドバ)と、コーカサス諸国(アゼルバイジャン、アルメニア、グルジア)では、対EU取引、対CIS取引が、多かれ少なかれ拮抗している。グルジアは貿易のCIS依存度が意外に高いが、これはロシアというよりも、近隣のウクライナ、アゼルバイジャン、アルメニアなどとの取引によるものである。

 中央アジアでは、地理的にEUと隔絶していることもあって、やはりCIS域内貿易の比率が高い。ただし、カザフスタンの輸出では例外的にEU向けが多くなっており、これは石油輸出によるものであろう(アゼルバイジャンの輸出についても同様)。残念ながらトルクメニスタンについてはデータ未入手である。

ロシアに滞在するNIS諸国市民の数

No.0705 2014年1月12日

 前のエントリーの続きの話になるが、2012年の暮れに出たこちらの記事が、ロシアでどれだけの出稼ぎ労働者が働いているかということを論じている。この記事では、ロシア連邦移民局の統計にもとづいて、2012年12月現在でロシアに滞在している外国人が、1,030万人であったとしている。うち、100万人程度は1ヵ月以内の短期滞在であり、その大多数は観光や短期出張でロシアを訪れた人々であると見られる。残りの約900万人は1ヵ月以上ロシアに滞在しており、1年以上滞在している者も300万人近くいる。留学生・旅行者・親族訪問者などもいるので、これらのすべてが労働目的というわけではない。様々な状況を考え合わせると、ロシアで働いている外国人は500万~600万人ほどであり、ロシアの労働人口の6~7%に相当すると推計されると、この記事では結論付けている。

 この記事では、連邦移民局の統計にもとづき、2012年12月現在ロシアに滞在している外国人の母国別内訳のデータを示している。ただ、移民局のウェブサイトでは当該のデータを毎月公開しているということだったので、私は自分でそのデータにアクセスし、最新の2013年12月1日現在の状況を集計してみた。私の当面の関心事はロシアとNIS諸国の関係なので、NIS諸国についての最新データを下図のようにまとめてみた。前のエントリーも同じく連邦移民局が情報源で、ロシアには350万人の移民(мигрант)がおり、うちウズベキスタン:24.2%、タジキスタン:16.7%、キルギス:13.6%とされていたわけだが、下図はその情報と整合しない。移民(мигрант)というのは、ロシアに滞在している外国人のうち、ある程度長い期間(半年以上とか)いる人々を指しているのだろうか?

ロシアで働く中央アジア系の労働移民

No.0704 2014年1月12日

 ロシアの大都市で、中央アジアからの労働移民が低賃金の肉体労働を担っているのは良く知られているが、それに関する具体的なデータが欲しいと思って検索したところ、とりあえずこちらの記事が目に付いた。ロシア連邦移民局のK.ロモダノフスキー長官が2013年10月23日に下院で証言したところによると、現在ロシアには350万人の移民(мигрант)がおり、うち約80%がCIS諸国からの人々である。特に多いのは、ウズベキスタン:24.2%、タジキスタン:16.7%、キルギス:13.6%の中央アジア3ヵ国である、ということだ。

 つまり、中央アジアの貧困3ヵ国からの出稼ぎ労働者が大宗を占めているということである。

モスクワ近郊にテーマパーク「ロシア」

No.0703 2014年1月10日

 私は知らなかったが、モスクワ近郊に「ロシア」という名称のテーマパークを作るプロジェクトが進んでいるらしい。こちらのニュースによると、「ロシア」は全国民的なテーマパークであり、ロシアのすべての地域の(!)自然、伝統、文化遺産に触れることができる。モスクワ州南部、ドモジェドヴォ空港に隣接したエリアに数千haの土地が用意されている。そして今般、プロジェクトのテーマ・資金面でのコンセプトのコンクールが行われ、180ほどの応募があった中で、不動産開発の世界的な大手であるCushman & Wakefieldが勝者となった。同社はロシア法人も設立していて、そのロシア法人が勝者となった模様だ。同社は賞金として297.5万ルーブル(ざっと1,000万円くらい)を受け取った。次点はオランダのHosper社だった。ただ、実際の設計に当たっては、Cushman & Wakefieldのコンセプトだけでなく、その他の応募者のコンセプトも部分的に生かされることになるという。

北海道とロシア極東の地域間交流

No.0702 2014年1月8日

 北海道新聞の元日の号に「地域間交流 新時代へ」と題し、北海道とロシア極東の地域間交流に関する特集記事が掲載された。その中で、ごく短いものながら、私のコメントが載っているので、ご紹介する。こちらからPDFをダウンロードできる。

北極圏サバイバル ツンドラの果ての湖へ

No.0701 2014年1月3日

 昨晩NHKのBSプレミアムで放送した番組、「地球アドベンチャー 冒険者たち 北極圏サバイバル ツンドラの果ての湖へ」には、思わず見入ってしまった。その内容は、こちらにあるとおり、

 360万年前ユーラシア大陸の北東端に巨大な隕石が衝突、その跡は湖に姿を変えた。湖まで前人未踏のツンドラの荒野が広がるが、サバイバル登山家の服部文祥が魚や獣を取りながら自給自足でめざす。厳しい寒さや雪など試練が立ちはだかるが、服部は先住民の遊牧民に助けられ苦難を乗り切っていく。たどり着いた湖で、ここにしか生息しない幻のイワナを釣ろうと試みるが…。荒れ狂う湖に服部は命がけでボートをこぎ出していく。

 というものだ。ロシア極東のチュコト自治管区の北極海に面した港町ペヴェクから、トラック、万能走行車、そして徒歩で、エリギギトギン湖という湖を目指したわけである。この湖は、日本語版ウィキペディアによれば、

 エリギギトギン湖(Lake El'gygytgyn :ロシア語:Эльгыгытгын)は北東シベリアのチュクチ半島にある湖である。直径約15kmで最大深さは175mである。360万年前に作られたリムの大きさ18kmの隕石クレーターの中心にある。科学者にとって価値が高いのは、この湖が氷河に覆われたことがないことで、そのため湖の底の堆積物は氷河に覆われることによって中断されることなく堆積し、古代の気候変動の良質の記録をとどめていると考えられることである。マサチューセッツ大学アマースト校の研究者によって、湖底の掘削が行われ、過去の気候の分析が行われた。エリギギトギン湖の条件は魚類の生息にとって厳しいが、3種のイワナ、Salvelinus boganidaeとS. elgyticus、そしてSalvethymus svetovidoviが生息している。そのうち2種がこの湖の固有種である。

 まあ、番組自体は面白かったけど、旅の途中で、偶然にも「旅行中」のチュクチ人の遊牧民と出会って、この男が「自分も湖に行ってみたい」と言い出し、ツンドラでのサバイバルを伝授しながら主人公と目的地を目指すという演出は、どうだったのかな? 広い広いツンドラの大地で、そんなウマい具合に旅のパートナーと出くわすはずはなく、120%ウソだろう。「現地事情に詳しい遊牧民にお願いをして案内してもらいました」と本当のことを言えばよいだけのことであり、それによって冒険の価値が落ちるわけでもないと思うのだが、テレビというのはなぜああいう見え透いたウソをつくのだろう。言う方が野暮なのだろうか。

ウラジオストクにも極東発展省の支部

No.0700 2014年1月3日

 今般ロシア政府が発表したところによると、ロシア連邦政府の極東発展省が、ウラジオストク支部を開設することになった。同省は、首都ではなく地方のハバロフスクに本部があるという珍しい省庁であり、ハバロフスクの本部では200名程度の職員が、モスクワの支部では30~40人が働いているということだった(拙稿「訪問して感じたロシア極東発展省のありよう」参照)。それが、2013年12月26日の閣議で、ウラジオストクにも新たに支部を設けることが決まり、12月27日に当該の政府決定が発令されたものである。2013年10月24日の極東社会経済発展問題政府委員会で、アジア太平洋と一体化した発展の方向性が打ち出され、運輸・社会インフラの発展した都市に省の支部を新設することになったと説明されている。

やや微妙なマガダン州のバーチャル投資マップ

No.0699 2014年1月2日

 しかし、ロシア人の名前の読み方って、油断ならないよなあ。マガダン州の知事の名前、ペーチェヌィかと思ってたけど、今般ペチョーヌィだということが発覚して、慌ててHPの記事とか直しましたわ。

 実は今、マガダン州を含むロシア極東北部の経済についてのレポートを執筆中である。それに関連して、今般マガダン州行政府がネット上で同州の「投資マップ」と称するサイトを立ち上げたという情報をキャッチした。こちらのサイトが、それである。一応、露英のバイリンガルになっている(操作していると右下の方に言語切り替えボタンが出てくる)。しかし、率直に言って、現状であまり使い勝手が良いとは思えない。いつも思うことだが、ロシア人はとにかくインターアクティブなウェブサイトが好きであり、懲りすぎていてかえって使いづらいことが多い。デザイナーの自己満足ではないかという印象を受けることが多いのだ。このマガダン州のサイトも、色々条件を設定してそれを画面上で表示できるようになっているのだが、ユーザーからすると、むしろ単純に投資プロジェクトを箇条書きにして整理してくれた方が、全体像を俯瞰しやすいのではないかと思う(こちらの冊子のように、その手の資料もあることは事実だけど)。あと、問題は、立ち上げたはいいが、今後情報がこまめに更新されていくだろうかという点だろう。まあ、試みは評価したいけどね。

ロスアトム、2013年の投資プログラムを完遂

No.0698 2014年1月2日

 こちらのニュースによると、ロシアの国営原子力公社「ロスアトム」のG.サハロフ投資建設部門センター長は12月31日、同社が2013年の投資プログラムを100%遂行したと発表した。発表によると、2013年にはロシアの36地域において、550件以上の投資・建設物件にかかわる作業が行われ、それには9件の原子炉関係の作業も含まれる。合計で約3,000億ルーブルが投じられた。95の下請け会社が起用され、5万人以上が建設作業に従事した。2013年には前年に比べ連邦特定投資プログラム関連の物件への投資が拡大した。2013年にはロスアトム傘下の諸企業で32物件が建設完了・稼働した。2013年にロスアトムはコスト削減・工期短縮を動機付けるためのプログラムの導入を開始し、2014年に本格導入する予定になっている。